「白い影」というと2001年の中居正広主演のドラマをイメージする方が多いと思いますが、それより30年も前に田宮二郎さんが演じているのをご存知でしょうか。
「白い巨塔」でも田宮版と唐沢版で評価が分かれたように、田宮二郎主演「白い影」も中居版に勝るとも劣りません。
半世紀以上たった今見ても全く違和感がないどころか、白い巨塔の財前先生と白い影の直江先生がオーバーラップしてどちらも心に刺さります。
私の中では医療ドラマの原点とも言える作品です。みなさんに是非見て頂きたいドラマです。
田宮二郎主演「白い影」
基本データ
放映 | 1973年7月13日~10月12日 毎週金曜日22:00 – 22:55 全14話 |
原作 | 渡辺淳一「無影燈」 |
脚本 | 倉本聰(第1 – 5話、第12 – 14話) 大津皓一(第6 – 8話) 尾中洋一(第9 – 11話) |
プロデューサー | 大山勝美 |
ディレクター・監督 | 高橋一郎、福田新一 |
演出 | 高橋一郎(第1、2、3、6、9、12、14話) 福田新一(第4、8、10話) 坂崎彰(第5、7、13話) 大山勝美(第11話) |
音楽 | 小室等 |
作家。1933年10月生まれ。2014年4月30日永眠。北海道空知郡上砂川町出身。1958年札幌医科大学医学部卒業。医学博士。
医業と並行して執筆業を続けていたが、札幌医科大学の和田寿郎教授による和田心臓移植事件(1968年)を題材にした『小説・心臓移植』(のちの「白い宴」)を執筆したことで大学を追われることになる。
当初は、医療現場を舞台とした社会派小説や伝記小説、恋愛小説を数多く手がけて人気を博したが、晩年は『化身』『うたかた』『失楽園』『愛の流刑地』など濃密な性描写の恋愛小説がブームを巻き起こした。エッセイも多く『鈍感力』が流行語になったほど。
キャスト
役名 | キャスト | 役柄 |
---|---|---|
直江 庸介 | 田宮二郎 | オリエンタル病院 医師 |
志村 倫子 | 山本陽子 | オリエンタル病院 看護婦 |
高木 亜紀子 | 中野良子 | オリエンタル病院 看護婦 小橋医師の恋人 |
宇野 かおる | 竹下景子 | オリエンタル病院 新人看護婦 |
小橋 俊之 | 山本亘 | オリエンタル病院 内科医師 |
行田 祐太郎 | 金田龍之介 | オリエンタル病院 院長 |
行田 律子 | 楠田薫 | オリエンタル病院 院長夫人 |
行田 美樹子 | 中山麻理 | オリエンタル病院 院長の娘 |
泉田 教授 | 原保美 | 大学病院で直江が信頼している医師 |
花城 純子 | 田中真理 | 歌手 中絶手術のために密かに入院する |
秋吉久美子 | 花城の友達 | |
石倉 | 寄山弘 | 胃がん患者 |
林さち子 | 石倉の妻 | |
井上由紀夫 | 石倉の長男 |
あらすじ
直江(田宮二郎)は大学病院で外科医をしていたが、ある事情から退職してオリエンタル病院に勤務していた。
医師としての腕はいいが、人を寄せ付けずどこか暗い影のある直江に対し好意をよせる女性も多かった。
看護師の倫子(山本陽子)もその一人で、院長夫人からいやいや見合いをさせられるも心は直江一筋。同僚にも隠れて直江との関係を続けていた。
ある日、倫子は直江の自宅でレントゲン写真を見つける。それは直江の背骨を撮ったもので5年前からずっと撮影されていた。
直江は「多発性骨髄腫」に冒されていた。完治不能で自分の死期を悟っていた直江は、自身の病状を記録に残すことで医師としての使命を全うしようと考えていたのだ。
とはいえ日々増していく痛みには耐えられず、麻薬性鎮痛薬(モルヒネ)を片時も離せなかったが、酒や女を抱いているときだけは苦痛を忘れることができた。
いよいよ死期が近づいていると確信した直江は、倫子を自分の故郷である北海道への旅に誘う。その際倫子から妊娠していることを告げられるが、直江の返事は「生んでほしい」。
直江が入れ代わり立ち代わり女性と関係を持ったのも、自分の遺伝子を残したいという思いがあったからだ。
倫子は直江に感謝し「もう薬(モルヒネ)を使わないで!」と懇願。「わかったよ..」という直江だったが、この時すでにこれが倫子との最後の会話になることを覚悟していたのだった。
一足先に病院にもどった倫子に、直江の姉から非情な連絡が入る。「直江が自殺した」と・・・
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みどころ
この作品は「医師としてどうあるべきか」を投げかけた作品でもありました。たとえば、
酔っていて怪我の処置ができないヤクザを、落ち着くまでトイレに閉じ込める→直江の読みどおり30分程度で落ち着いて穏便に処置ができた
痛みに耐えられず、のたうち回るがん患者に対し規定以上のモルヒネを使用する→患者は直江に感謝して生涯を終えるが、後に遺族から「死期を早めたのではないか」と訴えられる
手術しても意味のない患者に対し、皮膚だけにメスをいれて「手術した」と見せかける→患者は満足し一時的に病状が好転した
死期間近の患者が最後に女性の乳房をさわりたいと懇願。困っている志村(山本陽子)に対し直江は「触らせてやれ」と答え倫子はこれに応じる→その患者は「ありがとう」と涙して命を終えた
今から約50年も前のことですから、当然今とは対処の仕方も違いますよね。薬や治療法も限られていたでしょうから、良い悪いを問うものではないと思います。
また、現在のように「緩和ケア」などという考え方もなかったはずですが、逆に医師が一人ひとりの患者に向き合っていられた時代だったのではないでしょうか。
開腹しただけでそのまま閉じるというのは、白い巨塔で東教授が財前に行っていましたね。
もう一つの見どころは、映像はカラーですが「黒電話」や「ナースキャップ」など昭和レトロが楽しめますよ。
【最終回】直江先生の遺書
遺書の全文です。ここに「白い影」の全てが盛り込まれていると言っても過言ではないでしょう。
今度の札幌への旅行で君とはもう会えない。行き先はまだはっきり決めていないが支笏湖辺りで死のうかと思う。
この湖を選んだのは特別の理由はない。ただ北国で誰にも知られずに死にたい。それとあの湖は一度沈めば二度と死体は上がらない。
私の腐り果てた身体はあの湖底の木に捕らえられて永遠に消えた方がいい。
既に気づいていたかもしれないが私には病気があった。様々な骨が癌でおかされている。正しい病名は多発性骨髄腫である。
私は自分がこの病気にかかったのを2年前から知っていた。この病気は現在の医学では治らない不治の病である。2~3の治療法はあるがそれは一時的に病勢を止めるだけで治るものではない。
皮肉なことだが私はこの病気について、これまで学会で何例も報告し研究もしてきている。
私の余命はあと3ヶ月である。現在、右大腿にも来ているので来月からは歩くこともできなくなる。
脊椎に発生したのは8ヶ月前である。脊椎には脊髄神経があるので、時たま背から足へ激しい痛みに襲われた。私がよく酒を飲み麻薬を使ったのはこのためである。
大学病院を辞めたのはこんな病身で講師の職は勤まらないし、後輩に籍を譲った方が良いと考えたからである。
それと大学にカルテを置いてまとめて麻薬をもらうためには、大学を辞めたほうが都合が良かったからでもある。
こうしたわけだから君が心配するように私は麻薬を登用したり乱用してはいない。
ただ時に大学から麻薬が届くのが遅れた時、オリエンタル病院の患者に使う分を一時転用したことがある。
みんなには色々迷惑をかけた。特に君には悲しみしか与えていないように思う。だが君の優しさを私は十分知っていた。
おかしなことに死が近づいてから私は人間や人々の営みのすべてが膜が剥がれたように透けて見えるようになってきた。
それまでの気負いも妙な正義感も観念的な見方もすべてがつまらなくなってきた。
そんなベールの内にある人間らしい良いところ、悪いところがたまらなく愛おしく懐かしくなってきた。
この数ヶ月私は無性に女を犯した。言い訳じみるが女と一緒の時と薬が効いている時だけ私は死を忘れることができた。
本当を言うとその時の私が正気でそれ以外の私は嘘である。
私は今関係した女性たちの全てが私の種を宿し孕むことを願っている。出来る限りこの世に自分の子供が増えることを願っている。
奇妙なことだが死が近づくにつれて私の願いは一層強くなってきた。
今ここに君に最後の便りを書くのは、第一には君に悲しみを与えていたことのお詫びを言いたかったからである。
第二には数ある女性の中で、君だけはあるいは私の死後も子供を産んでくれるかもしれないと思ったからである。もしもそんなことが起きたなら机の右の引き出しに預金通帳が入っている。
多くはないが500~600万はある。それを使って欲しい。生む気がなかったらその時も君が自由に使って構わない。
それともう一つ。押し入れの左の中に3つほどダンボールの箱がある。中には私の骨のレントゲン写真と病状の記載メモがある。骨髄腫の進行経過についてこれほど詳細かつ客観的に記したものはないと思う。
さらに最後の方には中込氏の病状と同氏に対して私の取った処置の詳しい記載も添えてある。これを東都大学第二外科泉田教授に渡してもらいたい。
彼だけが2年前から私の病気を知り麻薬を届けてくれた。
これから羽田で君と会う。1時間後に一緒に飛行機に乗る人にこんなことを書くのはおかしいだろう。
でも君はこれまで私に素直に騙されてきた。だから今しばらく私に騙され最後の相手を務めてほしい。
直江洋介 志村倫子さま
田宮二郎主演「白い影」はどこで見られる?
現在、田宮二郎主演の「白い影」が見られるのは、Paraviのみです。
※2023.7~からU-NEXTでも見られるようになりました!
感想
この作品は、今の医療ドラマのような血なまぐさいシーンは少ないですが、医者のあり方や病院の内情などを描いた、当時のドラマとしては画期的な医療ドラマでした。
田宮二郎さんが、この5年後に本当に亡くなってしまうとは誰が想像したでしょうか。
私がこのドラマの好きなところは、倫子(山本陽子)が悲しみを乗り越えて、直江先生がいたあの頃と同じように健気にナースを続けていくところです。
直江先生に確かに愛されていたという、思い出を強さに変えて生きる女性の姿が美しく描かれていた作品だと思います。
▼「白い巨塔」田宮シリーズも是非!
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